持たない生活を送る人たち

テレビを背景にスマートフォンとミニカーが置いてあるテーブルわたしの知人で、”テレビもない。車もない。スマホも持たない。でも平気!”という人たちがいます。 まるで吉幾三さんのあの歌のようです 苦笑

最近の若者が物をあまり欲しがらない話は聞きますが、わたしが知っている人たちはみんな30代で、決して生活が苦しい訳でもなく、むしろファッションや持ち物はお洒落でシンプルに暮らしを楽しんでいるように見えます。

わたしは、こういう人たちがどのような感覚や価値観を持って過ごしているのかすごく気になりました。話を聞いたり、ちょっと観察したりしてもっとその人たちを知りたくなりました。

車のない生活

車を持たない知り合いは街中が好きな人たちで、自宅も街中にあるのでスーパーや病院など普段行く必要があるような場所が近くにあるという環境です。

ちょっと遠くへ行きたい時も自転車で出かける。と言っていました。その後お子さんが生まれましたがそれでもまだ車を必要としていません。自転車で行けない場所は公共交通機関で出向きます。

決して生活が苦しい訳ではありません。車の必要性を感じない。との事です。免許すら取ってないとの事で無理はしてないと思われます。

確かに車は維持費がかかります。購入する時も大概の人がローンを組むだろうし、税金や燃料代、メンテナンスの費用もかかります。

これらが一切かからないのであれば、自転車でも公共交通機関でも厳しい場合はタクシーを利用するほうが安上がりになるわけです。

理屈はわかりますが思い切りがいいというか、これは個人の生活スタイルや事情によるので都会ならまだしも車社会の地方だとなかなか難しい場合もあります。

でも車の維持費がかからない生活って楽だろうなぁ。と思ってしまいます 苦笑

テレビのない生活

以前「家電をやめてみて気づいた事。」という記事で書きましたが、わたしもテレビを見ない事は出来てもテレビを持たない生活にはまだチャレンジした事がありません。

でもわたしが知ってる人たちは(数人います)本当にテレビ自体が家にない!最初聞いたときはびっくりしたものでした。

一人は、テレビはないけどタブレットがあって、自分の観たい映画や海外ドラマなどをそれで観てるという事でした。なので”映像自体は楽しんでいて、地上波は観ない”という事になります。

一人は、家にテレビはないけどラジオがあって家に帰るとそれを流したりしている。ニュースなどの情報はラジオなどで聞いている。との事でした。

一人は、家にテレビもラジオもタブレットもなく、音楽は楽しむけどあとは本があるだけ。と言っていました。

こういう本当にシンプルな生活を無理なく出来てる方たちって潔くて格好良いんですよね〜!自分には無理そうだけど憧れてしまいます。

スマートフォンのない生活

これは周りに多いです。けどみんなスマートフォンは持ってないけど携帯電話は持ってます。最低限の連絡が取れないのはさすがに厳しいので電話とメールはできる環境です。

スマートフォンを持たない理由は、単純にスマートフォンにお金がかかりすぎるのが嫌だ。という人もいます。タブレットやパソコンは別に持っているので情報が必要な場合はそちらで事足りるし不便は感じない。という事でした。

わたしが気になる理由としては、ちょっとした間にゲームやSNS、自分に不要な情報をだらだらと見てしまうのが無駄な時間に思えた。というものでした。

本当に知りたい情報とは別に向こうから入ってくる情報が、確かにお手軽な気分転換や暇つぶしツールにはなるのですが、自分から求めているものではないので、別に必要なものではない。という事になるんですよね。

そういう時間が、塵も積もれば山となり自分の貴重な時間の何分の一かを占める事に疑問を持った。という事でした。

これはみんなどこかで気づいている事ではあるけれども、その手軽さや依存性からなかなかそれを手放す一歩が出ない。という事ではないかと思われます。自分もその一人です 苦笑

 スマートフォンは煙草と似ている?!

車はちょっとまた分野が違いますが、テレビとスマートフォンは情報が入ってくるツールとしては同じです。そして”ネットで検索する”という行為以外は、どちらも受け身のツールになります。自分が好んで情報を得るとも言えますが、元々は与えられる材料があって、それを取り入れている状態になると思います。

それは別に悪い事ではないのですが、やはりそこに依存性が入ると必要のない時にも取り入れている事になります。それをしなかった事でもっと身近にある自分と関係性の深いものと繋がれる機会を失くしている気がします。

スマートフォンを持たない人に話を聞いた所、持つのをやめた直後は、まるで煙草を禁煙した直後の人みたいに、”あ、今ここにもしスマホがあったら絶対見てるな。”という間がありありとわかる。らしいです。そしてその時間がすごく無駄だったと思えたらしいです。

なので今までならスマートフォンを見ていたような間を、自分の読みたい文庫本をいつも持ち歩く事でさくっと読んで埋めているそうです。

確かに自分に全く関係のないくだらないと思えるような情報を流し込まれるより、自分のためになりそうな有意義な時間を過ごした方が遥かにいい。さらにそれが長期間となれば積もり積もるわけなので気になります。

けど急にやめるのは難しそうなので 苦笑 ”テレビを持ってるけどあまり観ない”みたいに、必要のないアプリから削除や登録解除をしていって徐々に慣れていきたいなと思いました。笑

持たない人たちは部屋で何をしてるの?

スマートフォンもテレビも持たない人に、部屋では普段何をしているのか聞いてみました。

ロッキングチェアに座って読書をしたり、蒔きストーブの火を眺めたり、窓から見える自然を見たりしているとの事でした。

そこだけ聞くとまるで別荘地での過ごし方みたいですが、この人は”何にもしない幸せ”を楽しんでいるのだなと思いました。

わたしたちは普段時間に追われて、やるべき事に追われて、さらに暇があれば必要のない情報を流し込んでいる事になり、ぼーっと何かを眺めてココロとカラダを休める…なんて事をしていないのではないか?と思いました。

だからゆっくり休まらず、次の日に疲れを持ち込んでまた一日を過ごす。という繰り返しの毎日を送っているのではないか?という疑惑が自分の中で浮かびました。

別荘地のような過ごし方が嫌いじゃないわたしは、お手軽な気分転換じゃなく、もっと自分にとって充実した気分転換を少しずつでも取り入れたいと思うようになりました。

さいごに。

わたしが記憶している一昔前では、便利なものはみんなが欲しがるものでしたが、時代なのかそればかりじゃない人が増えてきたように思います。自分の身近でさえいるぐらいなので全体的にもそれなりに多いのではないでしょうか。便利なものが便利だけで終わらない事に気づいた人たちが自分に必要なものとそうでないものの選別をし、使い分けている気がします。

ここに登場した持たない生活を送る人たちは、持たない事で不便は感じておらず、むしろ持たない事で見えてきたものが多かった。と言いました。まだ持っているほうからすると手放す勇気がいりますが、手放してしまえば気持ちがいいくらい身軽だそうです。

早くわたしもそっちへ行きたいと思いつつ完全に手放す一歩が踏み出せないでいるので、今後実験的にいろいろ試してみたいと思います 笑

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